これまでの抜け毛との闘い

2016年8月5日

こちらの記事でも述べたが、
私はもう10年ほど抜け毛と闘ってきた。
もうかなり前の事なので記憶も曖昧だが、その変遷をここにまとめたいと思う。
おそらく、そこそこ面白いのではないだろうか。

自己紹介でも述べたが、
現在のシステムエンジニアになる30位まではあまり抜け毛は気にしなかった。
もともと人より額は広かったし、気づかなかったといった方が正確で、
実は30前でも結構抜けていたのだと今思う。
それまで不摂生な食事をしたり、運動は全くと言ってよいほどしなかったし。

なお、ここで大事な事を発表するが、私は30の時だったと思うが精巣の除去手術をしている。
詳しくはこちらの記事を読んでいただきたい。
ちなみにこの手術前には、抜け毛があることは自覚していた。
額が昔より確実に広くなっていたし、
シャンプー時やブラッシング時には結構抜けていた。

紀元前400年のギリシャにおいて、アリストテレスが宦官に男性型脱毛症が生じないことを記録しているそうだ。
また、ハミルトンというホルモン学を専攻していたアメリカの研究者が詳細な臨床的観察から以下のようなことを報告している。

1.思春期前に睾丸除去すると男性型脱毛症を発症しない。
2.思春期後に睾丸除去すると進行が止まる。
3.テストステロンを投与すると再び進行し始める。

これらから、男性型脱毛症と男性ホルモンが深く関わっていることが明らかになっている。
さて、睾丸除去手術を受けた私の抜け毛はどうなったであろうか。
答え、あまり変わらなかった。
なお術前、術後と女性ホルモンであるエストロゲンは経口摂取しつづけていた。

これから言えるのは、男性ホルモンが少ないからと言って必ずしも完全に脱毛の進行が止まるわけではないという事である。
付け加えると、手術後に自身の男性ホルモン量を病院で測ったのだが、その量は閉経後の女性並みの少なさであり、
若い2,30代の女性より断然に少なかったのである。

その後、私はありとあらゆる方法を試していくことになる。
なにせ少しずつであるが確実に髪の毛の量が少なくなっているのが目で確認できるのだ。
そして、これをご覧になっている方の中には共感して頂けると思うのだが、
あの恐怖感である!!
例えば朝枕カバーについている悲しくも抜けてしまった髪の毛たちを見た瞬間!
10本以上抜けていることなんてザラにあった。そして言葉に表せないほど悲しくなった。
しまいには、抜けるのが怖いあまりに、寝るときに頭を動かせなくなった。
寝返りしなくなったのである。
全然抜け毛と無縁の人がこれを読んだら笑って頂けること請け合いだろう。
また、洗髪したときに、その時は洗髪用ブラシを使っていたのだが、
それに絡まった髪の毛を見た瞬間の恐ろしさ!
はっきり告白しよう。私はそれらを見た時に本気で笑いながら涙を流したことがある!!
悲しさ通り越すと笑えるのだと思った。
今思い出すとまた涙が出てきた。

その当時行っていた対策はなんだったか。
例えば、活性酸素が悪いときけば緑茶ばかり飲んだり。
亜鉛が効くと聞けば大量の亜鉛を飲んで下痢したり。
※ちなみに大量(50mgとか100mg)に亜鉛を摂取すると逆に抜け毛が増える。これは私の経験だが。
プラセンタが良いと聞けば、せっせと注射をしに西日暮里の小堀クリニックに行ったり。
※新橋の新橋トラストクリニックは私の知る限り最安だが混雑が半端ない。
小堀クリニックは少し高いがそれでも一般料金より大分良心的で混雑もそこまででなくおすすめである。
肝臓エキスが効くと聞けば、ヘパリーゼを飲んでみたり。
まさに抜け毛の雨にも負けず状態である。
結局、負けたのであるが。

おそらくこれらはある程度効果はあると思うが、それだけではやはりダメなのだ。
少なくとも私にはダメだった。

このようにインターネットを巡ってありとあらゆる情報を得ては試したが効果がなかった。
その当時、ミノキシジルは発売されていたが副作用が怖かったかなんかで試していなかったし、
プロペシアは女性ホルモン飲んでいて効かないんだから意味ないだろうとタカをくくっていた。

そうこうする内にどれくらい月日が経ったであろうか、1年ちょっとだったと思う、
ついには疲れ果ててある決断をすることになる。
カツラに手を出したのだ。涙も枯れるほど疲れ果てていたのだ。
しかもあの「ア」で始まる大手メーカーである。
2つあるか。
アの次は「ー」である。
かなり高かった。
詳しい値段は覚えていないが1年で幾らといった類のものだったと記憶している。
要はカツラは古くなるが年契約すれば古くなったものを新しいものにチェンジできるというものだったと思う。
4,50万はゆうにしたのではなかろうか。

で、何週間かして出来上がったものを付けてみた。
それは髪に縫い付けてカツラを固定するタイプのものであった。
つまり、側頭部、後頭部は自分の髪があるのだが、
そこ以外は全部剃ってしまうのである。
落ち武者である。
やばい、笑えてきた。

ちなみにこのとき会社はどうしていたかというと、
当時私はちょうどある病気で休職していたのだった。

付け心地としてはまあ、縫い付けてあるので洗髪が面倒くさかった。
縫い付けてあるので隙間に手を入れて髪を洗うしかなく、不便極まりない。
ただ風には強い、縫い付けてあるから。
頭を傾けても大丈夫。
そこらへんは安心である。

数週間経過してふと思った。
なんか隠しているということ自体に罪悪感を持つようになってしまった。
皆を騙しているようで悪いと思ってしまうようになったのだ。

そして、さらに驚く行動にでた。
カツラを止めたのである。
すごく勿体ない。
1年契約を数週間で辞めたので何十万か戻ってきた。
しかし、もう本当の馬鹿である。
止めてどうしたか?
全部剃ったのだ!
バリカンで!
残った側頭部と後頭部を!

しかもそんなこと街の理容室などに勿論頼めないので
当時付き合っていた彼女にやってもらったのだ!
そう、当時の私には彼女がいたのである。
カツラを購入するときも相談してあった。
私が決断したことにすんなりOKしてくれた。
彼女が言うには気にしすぎとのことだったが、私は深く気にしていたのだ。
とにかく、彼女にカツラをとった落ち武者状態の頭を預け、
新宿のビックカメラで購入したフィリップスのバリカンで。
彼女にしたらたまったものではなかったであろう。
何が悲しくて落ち武者の頭を剃らないといけないのか。
まあ、言い換えるとかなり貴重な体験だろうと思うが。

だが、剃ってみたらかなりすっきりした気持ちになった。
そして休職があけて坊主頭で出社した。
まあ、初日は突っ込まれるがなんということはない。
今にして思えばそれほどハゲていなかったのである。
だから平気で坊主にして出社できたのかもしれない。

そうこうして、大分髪も伸びてきた。
1カ月に2センチ程だから、約8,9カ月位で一般的な髪を分けるスタイルに戻った。

そして彼女と同棲し始めたのは良いのだが、
元来から一人でいることが好きなため、二人でいるときは気をつかってしまい
段々とイライラしてきた。
ついには別れてしまった。

そして数カ月程たったであろうか、
あいも変わらず、前ほどではないが徐々に毛は抜けていった。

以前ほどヒステリックにはならなかったが、やはり悲しかったし、
気を使わなければならないことにほとほと疲れるのである。

そして、また過ちを犯す。
なんと再度カツラをつくったのだ。
今度は少し勉強して20万円ほどで高品質なものをつくってくれる
大手ではないメーカーのものにした。
一つで3年位もつということで予備にもう一つ作っておいた。
結局40万円である。

カツラの様式として、今度は縫い付けない。
側頭部と後頭部以外を剃るのは変わらないが、
剃った部分に両面テープを数か所貼り付けて
それでカツラを固定するのだ。

付け心地だが、今度は縫い付けてないので
毎日毎日テープを張っては剥がす作業が発生し面倒であったが、
洗髪時の煩わしさはなかった。

ただ、強い風には注意が必要であったし、
思い切り頭を振るなどできない状態である。
なにしろテープなのだ。
夏場は汗によりテープの粘着力が弱まるので尚心配である。
しかしまあ、カツラが落ちたことは幸いに一度もなかった。

今度は休職していなかったので装着して会社に行った。
もうドキドキである。
その時の心臓の鼓動をどうにか録音しておけば良かったと後悔するほど。
結果、まあ何も言われなく3,4年が過ぎた。
そう、結構長いこと私はカツラだったのである。そしてバレなかったのである。
※バレなかったと思いたい。

実はカツラにしてからさほど抜け毛を気にしないようになったせいか
ハゲの進行は殆ど進まなかった。
やはり巷で言うように気にして無茶するのが一番いけないのかもしれない。

39歳になった。
かなり症状が安定期らしきものに入ったということと、
年齢もアラフォーになったということでハゲててもそれほどおかしくないという
なんか余裕みたいなものが生まれてきた。

そして、再度落ち武者を卒業して坊主になったのである。
もう坊主には慣れたものである。
そして現在に至る。
今は、ミノキシジルやプロペシアなど服用したお陰か
嬉しいことに進行が止まるどころか額に結構毛が生えてきた。髪も普通に伸びた。
現状の写真はこちらの記事から参照してほしい。

かなり掻い摘んだつもりだが、これが私の抜け毛との闘いの概要である。
最後に昨年まで装着していたカツラの写真をアップしたい。

なぜまだあるか。
捨てられないのである。
もう一度付けるつもりで捨てられないというのではないが、
なにか記念品というか思い出が詰まったものといった感である。
よく3年以上働いてくれたとしみじみ感慨深いものがある。

最後にこれまでの闘いを振り返ってみると、
まず莫大な時間とお金をつぎ込んだなあというのが率直な感想である。
そして今思えば無駄だし、なんと自分は愚かだったのかと感じる。
愚かだと思うのは、自分の中の価値観が全然確立されていない、
よって自分に自信が持てていないところだろう。
もっと色んな考え方を身に着けて現在程度の価値観を持てていれば右往左往することなく、
迷いなく短髪にして生活していただろう。
もう髪で悩むことはないだろう。

これは貴重な経験と思っている。
どれほど馬鹿な経験でも経験した方が良いと思う。ただ授業料が馬鹿高いが。
抜け毛との闘いで健康が如何に大切かを学ぶことができた。
結局、髪は健康でないと生えないのだ。
そしてこの知識は今後健康に生きていく上で助けになってくれるだろう。

この記事を読んで少しでも笑って頂けたなら、
何かの参考にして頂けたなら私の闘いも少し報われる。

もう誰かが髪が抜けた事位で泣かないで欲しいし、悩まないで欲しいのだ。